スポーツサイクル アキヅキ SPORTS CYCLE AKIZUKI              


1月13日(火)

<Imamura>

 私がアキヅキで1台目の自転車を買ったのは2007年5月、47歳の時でした。
自転車に乗れば痩せられるかな?」というごくありふれた動機からです。
トレックの7.5FXというクロスバイクでした。しかし、すぐにロードバイクが欲しくなり(みなさんもそうだったでしょう?)、翌年2月にマドンSL5.2を手に入れました。その後、現在の愛車ルック585にたどり着くわけです。

 クロスバイクを買ったら見事にハマってしまって(笑)、アッチコッチ走り回りましたね(平地で時速20kmでしたけど)。
ウチに帰り着くと疲労困憊で、気絶するようにリビングのソファで寝てました。それとお腹が空いて、ゴハンがおいしいこと。

 自転車以前と以後では、別人ではないかというほど生活が変わりました。慶応義塾の創始者である福沢諭吉の言葉に、「一身(いっしん)にして二生(にせい)を経る」というのがあります。一人の人間(福沢)が江戸と明治という二つの異なる時代を生きたという意味です。福沢にとって二つの時代を分けたのは明治維新でしたが 、私の場合は自転車でした(笑)。

 おかげでダイエットに成功(15㎏減量)し、健康体になれました。お酒もほとんど飲まなくなりました。それだけではありません。仕事のこと、家族のこと、身体のこと、食べること、老後のことなどを真面目に考えるようになったんです。肉体的・精神的に自分を変えることで、人生が変わりました。変えれば変わるのですね。

 50代になると時間が速く過ぎていくのに驚きます。2年ほど前からロードバイクを始めた息子も4月には就職のため我が家を巣立っていきます。自転車に乗るまでは正直、年をとるのが怖かった。でも今は楽しみになりました。クラブには60代や70代のメンバーがたくさんいらっしゃいますが、この方達は、私にとって「お手本」であり「目標」です。
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 最近は3本ローラーに乗ることが多くなりました(昨年は全走行距離の54%)が、これはこれでイロイロ学ぶことがあって面白い。1年ほど前にピストのフロントの歯数を55に換えて(それまでは48)から成果が出てきたように思います。リアを12にしてギア比が4.58、タイヤ幅を25ミリにすると 3本ローラーにはちょうど良い(ギアの)重さです。これでトータル40分回します。

 ローラーはどうしても退屈なのでポジションを替えて、ブラケット8分→手放し2分→下ハン8分→手放し2分→上ハン8分→手放し2分→クールダウン10分といった感じです。途中ペースを上げ下げしたり、手放しの時には給水したりです。おかげで筋力がかなり強化されました。痩せれば(体脂肪率を落とせば)それだけで速くなると思い込んでましたが、筋肉を増やすことも大事なんですねー。

 最後に感謝を込めて、自転車万歳!自転車ありがとう!これからも1年1年を大事に乗り続けていきます。


6月23日(日)

<Ohira>

昼休みの散歩の途中で、気になる自転車があり、ふらりとアキヅキに立ち寄りま
した。FUJIのクロモリランドナーでした。

学生の頃からランドナーやキャンピングが好きで、社会人になってしばらくは、
ブリヂストンのアトランティス・ランドナーにブルプロをつけて、鹿児島県内
の一泊ツーリング等をやっていました。

結婚直後にアトランティスを盗まれ、少ない稼ぎで小遣いも知れており、自転車
に全く関心のない連れ合いに買ってほしいとも言えず、長いお休みに入りました。
その間、山登りで鍛えた胃袋は衰えることなく、体重は3ケタ突破。健康診断で
は、どれから治療するかを医者と相談という有様でした。

ランドナーを買った際に、秋月さんにブルプロを使っていたことや盗まれた後は
立ち直れなかった話などをしたところ、ショップの隅からカチカチのブルプロ
を出してくれ、「手がかかりますよ」、「慣れるまでは我慢ですよ」と念を押さ
れた上で拝受しました。今では、ロングライドの友として離すことができませ
ん。ご提供いただいた竜助さんに感謝。

その後の半年ぐらいは、ヘルメットはかぶらない、ペダルはトゥークリップの以
前のスタイルで、ポタリングを楽しんでいました。
ある年の年末に、秋月さんから走り初めの走行会を行うので来ないかと誘われ、
渋々ながらヘルメットとビンディングペダルを購入。お約束通り、当日に立ち
ごけしました。

新年の走行会に参加すると、高価そうなバイクに、チームジャージを着たメン
バーがずらりと揃い、しかも読売新聞の取材も入っていました。えらいことに
なったな・・・という感想でしたが、いまさら帰るとも言えず、なんとかその日
を耐えました。新聞社の記者さんはロードバイクに一眼レフを担いで、驚異的
なスピードで走り回って撮影していました(記者は小松さんでした。汗)。

その後、猫峠のヒルクライムや100km程度のロングランに参加しました。どう
頑張っても置いて行かれ、長老の長沼さんにお付き合い願うことが続 き、不思
議に思っていました。

ロングランの帰り道に、浜さんのバイクを借りてコンビニの駐車場を走ったとこ
ろ、私のランドナーとは全く別物でした(MADONE!)。
その場で、秋月さんに同じバイクが欲しいとお願いし、現在に至ります。
今後とも、よろしくお願いします。
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3月10日(日)


<Sakata>

人間、年を重ねるといろいろとガタがくるものです。
50歳代半ばのある日、ひざに違和感が...
だんだんひどくなり、そのうちに正座もできなくなってきました。
そこで、以前通ったことがある整骨院へ。
粘り強く通いましたが、なかなか良くなりません。
院長には、歩くなどひざに負担がかからない運動をしてくださいと言われ、
時間を見つけてウオーキングするも、回復の兆しはなし...

その時に考えたのが自転車!!
ひざにもあまり負担はないだろうし。そうだ!これにしよう!!
どうせ乗るなら、今、流行の軽快車(昔はそう言ってました。
小・中学生の頃流行りましたが、とても買ってもらえる状況ではなかったナア〜...)
がいいなと思いましたが、いかんせん、知ってる店がありません。

東区に住む友人に、たまたま聞いてみると、
「九産大駅前の近くにありますよ。1〜2回しか行ったことがないけど、
高そうな自転車がぶらさがってたし、650サイズのチューブも在庫してたし、
ちょっととっつきにくそうだけど職人っぽい人がやってて、よさそうですよ」との情報。

ある日、勇気を出してお店をのぞいてみました。
0が五つも並んだ高級自転車(!!)ばかりです。
でも、せっかく来たんだからと、お店のドアをあけました。
最初はとっつきにくそうな感じがあったものの、話すほどになるほどと思わされ(?)、
それからのやりとりは、皆さんのご想像のとおり、熱い秋月さんでした。

いきなりロードは無理とのアドバイスに従いクロスバイクで始めたものの、
いつものコースで女性の乗るロードバイクから軽く抜かれます。
そして、がんばっても追いつくどころか置いてけぼり(クソッ!!)
秋月さんからは、「相手が女性であろうが、ロードバイクと張り合っても無理!!」と言われ、
悔しい思いからさよならするにはロードしかないと思いを定めました。
そして、秋月さんに初めてお会いしてから約1年後、晴れてロードを手に入れました。
それからのハマり具合については、ご想像にお任せします。

訳あって、毎週日曜の走行会にも参加せず、イベントのみ参加の“ヘタレ”な私ですが、
これからもお付き合いのほど、よろしくお願いします。

今思えば、秋月さんのワナに嵌まったかも...
でも、おかげさまで、ひざの痛みは1年を経ずして完全消失!!
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2月17日(日)

<Minohara>

大学でピストバイクに乗り始めた友人が競輪場の記録会に行く姿を見て、「自転車って楽しそうだな」って思ったことです。
ただ、「遠くに自分の力で行ってみたい」という気持ちが強かったのでピストではなくロードバイクに乗り始めました。
最初、秋月さんのお店に行ったときは「自分なんて場違いじゃないか」って思うくらいロードバイクが格好良く見えた記憶があります。一回目は、何も言わず帰って来てしまいました笑
二回目に伺った時、TREK1.2というグレードの自転車を買いました。
そこが僕の自転車人生のスタートです。

走行会のキッカケ
自転車を買って半年以上。「もっと、速く。もっと、遠くに」という意識が高まり、冬に初めて走行会に行きました。
装備は、ヘルメット、ビンディングシューズ、サッカーのジャージ、小さなショルダーバッグ。その時、長沼さんや、大平さん、大歯さん、飛さんが居たような。変な格好にも関わらず、ブドウの樹まで連れて行ってもらい嬉しかったです。35km/h出て、「めっちゃ速いー!!」って興奮してました笑

レースに出るようになったキッカケ
初めて増馬さんに出会った日、衝撃でした。ロードバイクってこんなに速いのものかと。登りも平地もめちゃくちゃ速い。あっという間に置いて行かれました。そこから負けず嫌いな性分もあり、のめり込んでいきました。
決定打となったのは、チームアキヅキ数名で参加した「直入4時間耐久」です。体はボロボロ、アンパンやエネルギバーを恵んでもらい、何とか完走。
何度も集団に追い越されました。その集団を見るたびに悔しいやら格好いいやら。「あんなふうに走ってみたいな」と思いレースを意識し出しました。