スポーツサイクル アキヅキ SPORTS CYCLE AKIZUKI              


このコーナーはヅキさん(秋月より)の今昔物語(独り言、ボヤキなどなど)を連載します。


2013/01/12
ある年の1月1日、我々夫婦は仲間数人を誘って長者原へ。テントを張って宴会。寒かった〜!!
酔っぱらって早々とテントに潜り込む、酔いが回って頭はグラグラ。
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翌日、酔いが醒めきれない身体をMTBに乗せて大船林道に向かう。林道は雪、新雪はMTBのブロックタイヤがよくかみ意外と走りやすかった。それでも抵抗はかなり大きく、酒が残った身体がうまく動いてくれない。MTBを押したり、乗ったり、休憩したりしながら「坊がつる」着は出発から3時間位だったろうか。当然、雪の「坊がつる」は言葉にならかいくらいの静けさと美しさ、「四方、山なり坊がつる♫」」の唄のとおり、四方は雪をかぶった山、山、山の素晴らしいの一言に尽きた。
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普通はしばらく休憩し、食事をして帰路につくであろうが、当時の熱い我々は、坊がつるの小屋の片隅にMTBを隠し(盗っていく人はいるはずがないのに)山靴に履き替えて1,787mの大船山に登る。真っ白に雪化粧された三俣山が実に見事だ。ふもとに「坊がつる」が見える。後ろ髪を引かれながらも下山。
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再びシューズを履き替え、MTBで大船林道の下りにかかる。コーナーで少しでもブレーキをかけると後輪がスーッと滑り、ドテーッとこける。もちろん、雪の上で痛くはない。笑い声がドーッとあがる、笑いながらこけていた。吉部までの下りで何回笑ったことだろうか。林道の表面は新雪が積もっているが、その下はアイスバーンだ。ブレーキをかけると滑るはずである。雪の中でこけるのは実に愉快。変速機のFもRも凍ってしまって全く制御不能。まあ、下りだから変速なんかしないからいいけど。
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悪戦苦闘しながら吉部、そして長者原まで戻り、MTBとともに温泉へ。凍った変速機がやっと動いてくれた。大好きな星生温泉と目の前に三俣山がある。その星生温泉は今ではスーパー銭湯みたいになっているようで、昔の風情は無くなっていると思われる。車のチェーンに気をかけながら、ゆるゆると坂道を走らせ帰路についた。


2012/09/22
毎年、鈴鹿で行われているロードレースが「シマノ鈴鹿ロード」である。
その前身が兵庫県三木市のグリーンピアで行われていた「シマノグリーンピアロード」、
さらにその前に兵庫県神鍋高原で行われていたのが、公道を使った周回のロードレースで、「サンツアー神鍋カップ」であった。1周何キロだったのか忘れてしまった。
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チームの中西さんから「神鍋カップというロードレースがあってるが行ってみませんか?」と誘われた。
お店を始めてまもなくで、ロードレーサーも少しずつ売れるようになっていたけど、
ツーリングがメインで、まだロードレースに出たことがなかった。
「良いですね、行きましょう」と女房を含めて3人でJRを乗り継いで神鍋高原まで輪行した。

福岡からの参加は我々3人だけであった。その時どんな走りをしたかは記憶にない。コースレイアウトとかきつかったことだけは良く覚えている。帰ってから常連さんに話すと、このレースに対して興味を寄せてくれ、その次の年には自転車を車に積んで10数名で神鍋まで行った。当時、甲子園夏の大会がラジオ放送中で、桑田、清原がPLの1年生エースと4番バッターの頃であった。

ロードレースに対しての見方が変わったのがこの時期からである。


一緒に行った10数名のメンバーもロードレースに出場するのは初めてで、レースのスピードが判らず、ペース配分も何もなく、がむしゃらにペダルを踏み込むだけであった。

私たちのカテゴリーのレースでは300名くらいの選手がどっとスタートした。そのスタート後の4〜500mでゆるいカーブの下りに入った。自分のすぐ前を走る人の様子が妙にフラフラしているので「慣れてないんだ、気をつけて走ろう」と思った瞬間、その彼は落車。何が原因であったか分からない、避ける暇もなく、彼の上に3〜4人が覆い被さるように落車した。ヘルメットが割れ、頭を切った。顔面血だらけになった。それでもレースに戻ろうと自転車に跨がってみると、無残にもFフォークが曲がり、フレームがおじぎしていた。
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それでも、何とか乗って、スタートラインまでゆっくり戻った。切った頭の痛みより、この日のために作った新品のフレームがあっという間にスクラップと化した。これは実に痛かった!
レースはそんな風に終わってしまったが、閉会式の後、民宿までの田舎道の気持ちよさと真上に光る星の数には驚かされた。あの満天の星は今でも忘れることがない。


もし、あの時、中西さんが「神鍋カップに行ってみませんか」と誘ってくれなかったら、今のアキヅキは無かったかもしれない。もう35〜6年前のことである。
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(今はもう「サンツアー」という名前も「前田工業」という名前も知らない人の方が多くなったが、以前はサンツアーとシマノが日本の誇るべき二大自転車パーツメーカーであった。)


2012/08/26
言わずと知れた早良区の「南米商会」、昔から自転車に乗ってる人で知らない人はいない名店である。
私がお店を開いたのも結構古く、40年にもなろうとしている。それ以前から南米さんは在った。
電車通りのそのお店にはロードレーサーがずらりと並んでいた。自分もいつかこんなお店にしたいと思っていた。外観だけの問題ではなく、例えていえば、私のお店が2,000円のチューブラーしか売れなかった時にでも、そのお店は10,000円のタイャを売ることができた。そのようなレベルのユーザーを育て、抱えていた。いつか、私の店も10,000円のチューブラーが売れるレベルの店にしたいと、、、。

南米さんが組み上げたロードレーサーがあると、それを穴が空くほど観察させてもらった。ハンドルとサドルの位置関係やワイヤーの長さ一つをとっても、他の店で組んだ自転車とはあきらかに違っていた。全体のバランスが実に見事であった。

南米商会はいつのまにか私の心の師匠となっていた。それからも私の店の遙か先を歩まれていた。20年経過した頃、その南米さんとあるメーカーの集まりの時ご一緒することがあった。「福岡市内にショップは増えたけど、ロードをちゃんと扱える店が無いですね、言っちゃ悪いがウチとアキヅキさんだけでしょうね!」社交辞令でもあったかもしれないが、どれだけ嬉しかったことか。南米さんもちゃんと見てくれていたんだと思うと天にも昇る気持ちだった。帰宅して女房に報告したのはいうまでもない。南米さんは忘れているかも知れないが。

どの店に出入りしているかで、その人のレベルが大体において判る。「ああ、あの程度の店で満足している人なのだ」と思ってしまう。それが南米さんに出入りしているというだけで「この人はすごいんだ」とも思えてくる。

南米さんが主催で行っているタイムトライアルがあった。申込書には「Aサイクル・Bサイクル・お断り」と仕分けの項目が記載されていた。そのことにビックリして彼に尋ねると、「アキヅキさんはAサイクルやBサイクルで組まれた自転車を見たことがありますか?あんな組み方をしている自転車をウチでやるイベントに参加させるわけにはいかない」と明言された。これは彼だから言えること、彼だから許されることでもあった。南米さんの自転車へのポリシーの現れである。陰でこのようなことを言う人も(私も含め)いるかもしれないが、その申込書に明記できる店は南米商会しか無かったのである。 言いにくいことをはっきり言ってあげたほうが、ゆくゆくその人の為になることが多くある。そのことも彼から学んだ。

それだけ傾倒していた南米さんがお店を閉めると聞いた時は、大変はショックであった。ウソだろー、辞めないでくださいとお願いに行きたい心境だった。そこはいろいろな人を育てた。現在、福岡や久留米でビルダーをされている人々は、南米さんのお弟子さんたちであったり、また南米さんのお客であった人々が、今では何人もお店をやっていることを知っている。

南米さんは福岡のスポーツバイクの先駆者であり、スポーツバイク(特にロード、ピスト)の何たるかを知っている人です。今の福岡のスポーツバイク界があるのは彼のおかげである。彼より偉い人は他にいないと断言できる!今となっては、昔行われた「ニシキロード」で一緒に走ったのが良き思い出である。

もう一度「南米商会カムバ〜ック!!」


2012/07/19
暇つぶしに(?)お店のショーケースの中を掃除していたら
隅っこのほうから昔のカンパのリヤディレイラーが出てきた。

新品が2個、中古が2個。「あーあっ、こんなところにあったんだー」一瞬で当時へ戻った。
30数年前に使っていた「ヌーボスーパーレコード(NUOVO SUPER RECORD)」のRDとFD。
きれいに保管していたので、今でも惚れ惚れする「縦型」のディレイラー。
1967〜68年に製造されたとみられる新品の「ヌーボレコード」と「グランスポーツ」も目の前に!!
(思わずワッと声をあげた)

このカンパのRDをオークションにかけたら、いったいいくらの値が?(とにんまり)
圧巻は「スポーツマンRD」。
中古ではあるが、1960年代のパーツに共通の「PATENT」のみの刻印がある。
書物によると少なくとも50数年前に製造されたディレイラーと思われる。(これはスゴイ!)

よし、私がショップを辞める時にいっそオークションにかけることにしよう。
そしてなるべく高く買っていただこう。
これが私の豊かな老後の保証となる資金になるのだ。バンザーイと叫んでもいいのであろうか???
でも辞めずにずっと頑張るんだが。


1sportsman.JPGスポーツマン
2nuovorecord.JPGヌーボレコード・リアディレーラー
3gransport968.JPGグランスポーツ・リアディレーラー
4IMG_0969.JPGフロントディレーラー
5IMG_0971.JPGフロントディレーラー
6strada.JPGストラーダ